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女川と南三陸の現実の報告

きょうで大震災と津波から1年3ヶ月。最近宮城県の被災地を訪れた。
石巻から海岸沿いに東進すると女川町。道路沿いの不通のJR線は線路が無い区間も目に付き、穏やかな内海が過ぎて坂を下ると、町と思われる一角が見えてきた。殆んど建物が消えた町は整地された区画と残された横倒しの石造りの建物。大型トラックがひっきりなしに通っていた。

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空き地の先は見通しがよく、すぐ港が見えるが、使用されているのは一部だけ。女川の津波の爪痕は今尚、沿岸部は住む人を寄せ付けない。すぐ山側に町立病院があり、あの日避難場所ともなった。高台からは津波でゴーストタウン化された一帯が眼下に広がる。

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脇に慰霊する一角もあり、手を合わせるしかなかった。

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海に沿って曲がりくねる道を北上すると南三陸町に通じる。途中落橋で迂回する区間もあればあちこち崩れた路肩工事の片側通行箇所に会った。
南三陸町は一部が国定公園。南側にある観光ホテルが元気に営業していた。その食堂から見た海は穏やかで島の浮かぶ景色も美しい。しかしそこを通過した津波が町を襲って悲劇をもたらした。

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南三陸町では、津波直後は水没した志津川の沿岸部が、今は一部の石造りの建物を除き更地にされた区画か家の土台だけ。壊滅的な被害に襲われた中心部には住む家が見当たらない。

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石の建物も津波に飲まれたが、ひときわ目立つのが犠牲になった患者も多く、救援の最前線だった志津川病院。1年以上経過してあのままで、海と反対側に船が乗っかったまま。間もなく撤去にかかるらしい。

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そして少し内陸側に防災対策庁舎。あの防災無線で高台への避難を最後まで放送して犠牲になった若い女性の場所。むき出しの赤さびた骨組みの建物前に慰霊碑。今はガイドが様子を伝えていた。

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病院と庁舎。南三陸町の悲しい跡形を目にして呆然としてしまうが、昔の姿に戻る事は想像できなかった。二つ一緒に見た空き地で、復興に程遠い今の状態に溜め息が出るばかりだった。

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戻って仙台駅で南三陸町長のメッセージが目に付いた。粘り強い復興を祈りたい。

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まとめtyaiました【女川と南三陸の現実の報告】

きょうで大震災と津波から1年3ヶ月。最近宮城県の被災地を訪れた。石巻から海岸沿いに東進すると女川町。道路沿いの不通のJR線は線路が無い区間も目に付き、穏やかな内海が過ぎて坂

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No title

国定公園の美しい海が津波を運ぶのはやり切れません

津波から逃げられる三陸を

三陸は国立公園、国定公園の美しい海岸なのに、昔から津波の悲劇を受けて来た地域です。そういっても今の被災地には納得できない現実があります。津波から逃げれる町や村の再生をお願いしたいです。
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