変わりゆく三陸の鉄道
東京から東北新幹線はやぶさで盛岡に着き、ローカル線の旅を開始。最初は山田線の快速リアス号。

盛岡から約2時間乗ると海側の終点宮古に着く。途中北上山地を越え、紅葉も見えた。

宮古から先の釜石まで結ぶ区間の山田線は復旧のメドがたってない。宮古を出るとすぐ川の鉄橋が落ちたままの現場を目撃。

そういえば支線の岩泉線は大震災の傷跡が大きく廃線が決まった。一方、宮古から北の三陸鉄道北リアス線は開通していた。

但し、終点の久慈までの間に不通区間があり、今は宮古からは小本まで、久慈からは田野畑までに分断されていた。
山田線の本来の終点、釜石から南は三陸鉄道南リアス線が通るが、こちらもまだ不通。

但し釜石駅にはジオラマをミニチュア電車が動くカフェを営業し、窓には来春再開予定の文字。全線開通も近そう。

既に途中の吉浜から終点盛までは今春再開にこぎつけている。
吉浜駅舎は公民館などの施設になっていた。

終点の盛から先のJR大船渡線は鉄道開通とはならず、BRTと呼ばれる線路跡地の専用道などを走るバスが気仙沼まで運行していた。途中の大船渡駅は外からは鉄道駅みたいだが、駅に入ると舗装された道がホームの前を通っていた。

釜石からは帰りには東北新幹線新花巻まで釜石線に乗った。

この線は名前も銀河ドリームライン。あの宮沢賢治の銀河鉄道のモデル区間でもある。各駅にはエスペラント語のカタカナ名も付け、JR東日本も客の呼び込みに熱心。来春はSL銀河を復活させ、宮沢賢治の世界の客車も登場させるという。

釜石線も北上山地を越えるので、仙人峠では大きくU字型のカーブで登る。下を見下ろすと紅葉真っ最中。

北上山地を挟んで秋が深まって行く時だった。

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盛岡から約2時間乗ると海側の終点宮古に着く。途中北上山地を越え、紅葉も見えた。

宮古から先の釜石まで結ぶ区間の山田線は復旧のメドがたってない。宮古を出るとすぐ川の鉄橋が落ちたままの現場を目撃。

そういえば支線の岩泉線は大震災の傷跡が大きく廃線が決まった。一方、宮古から北の三陸鉄道北リアス線は開通していた。

但し、終点の久慈までの間に不通区間があり、今は宮古からは小本まで、久慈からは田野畑までに分断されていた。
山田線の本来の終点、釜石から南は三陸鉄道南リアス線が通るが、こちらもまだ不通。

但し釜石駅にはジオラマをミニチュア電車が動くカフェを営業し、窓には来春再開予定の文字。全線開通も近そう。


既に途中の吉浜から終点盛までは今春再開にこぎつけている。


吉浜駅舎は公民館などの施設になっていた。

終点の盛から先のJR大船渡線は鉄道開通とはならず、BRTと呼ばれる線路跡地の専用道などを走るバスが気仙沼まで運行していた。途中の大船渡駅は外からは鉄道駅みたいだが、駅に入ると舗装された道がホームの前を通っていた。

釜石からは帰りには東北新幹線新花巻まで釜石線に乗った。

この線は名前も銀河ドリームライン。あの宮沢賢治の銀河鉄道のモデル区間でもある。各駅にはエスペラント語のカタカナ名も付け、JR東日本も客の呼び込みに熱心。来春はSL銀河を復活させ、宮沢賢治の世界の客車も登場させるという。


釜石線も北上山地を越えるので、仙人峠では大きくU字型のカーブで登る。下を見下ろすと紅葉真っ最中。

北上山地を挟んで秋が深まって行く時だった。

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