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下関に行ってきた

本州の最西端の町が下関。人口約30万人は山口県最大。海峡を挟んで間近に北九州市門司。
下関駅前に立つと真正面に立派な宮殿が目に入った。近づくとそこは結婚式場。

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右には大丸とシーモール。歩道橋正面の先には海峡ゆめタワー。高さ約150メートルの上からは関門海峡のパノラマが期待できる。

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JR下関のすぐ次の駅はもう九州の門司。その間に電車は海底の関門トンネルを通るが、車は橋で海峡を渡る。動くバスから霞む門司を写した。

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北九州空港からはバスは1000円で70分かけて関門海峡を渡って下関駅。スターフライアー便ならタクシー1000円で35分。バスはこの為か3月で廃止される。

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関門海峡と言えば何度も歴史に登場。幕末の長州藩と列強の下関戦争の現場、宮本武蔵と佐々木小次郎決闘の巌流島、遡ると平家滅亡の舞台の壇ノ浦。写真は源義経の戦勝祈願にちなんだ大歳神社。駅近くにある。

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海峡側の港からは関釜フェリーが毎日韓国の釜山と往復。朝鮮半島の玄関口の歴史があり、駅近くにコリアンタウンもある。

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下関で忘れてならないのがふぐ。写真は駅の売り場のふぐ。

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下関は食と歴史と眺望の魅力いっぱいの街なので、じっくり時間を取って味わいたい。

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テーマ : 山口県
ジャンル : 地域情報

25日金曜日の銀座の夜も寂しい限り

給料日で金曜日の銀座の夜といえば、月間で最も人出が多く、お金を使う時間帯の筈。
それが夜8時前の銀座4丁目が写真。大震災後は火が消えたように静かで暗い。通りを挟んで右の三越も左の和光も暗い。反対の5丁目側も暗い。

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11日の震災当日のデパートはすぐ閉店せず、帰宅難民の場所を提供したところもあった。しかし計画停電が中央区は対象外だが、節電の為に平日の閉店時間を18時に繰り上げている。松坂屋は閉店繰上げと共に写真の通り抽選会イベントも中止、と掲示。

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銀座6丁目に進むとファストファッションも閉店を繰上げ。外資系は震災後、数日間はずっと終日営業せずにいたが、中央通りのZARAは8時まで開いている。

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数寄屋橋寄りの今月openしたてのGAPは写真の通り、18時に繰上げ閉店。金曜夜の目抜き通りなのに、周囲の人出も僅か。

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高級ブランド組も当初休んでいたが、閉店時間を繰上げて営業しているのがCHANEL。Cartierは7時台には開いていた。自粛ムードでブランド品の環境は厳しいだろうが。

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銀座の休日といえば歩行者天国。これも写真の通り、しばらく休止。新宿もアキバと同様の対応。

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最後に社用族で賑わうであろう並木通りが写真。外のネオンがついているビルも、中の客はきっと少ないのでは?

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消費の委縮から脱却して、銀座が元の賑わいに戻って欲しいが、被災地や電力事情の回復をまずは優先せざるを得ない。

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テーマ : 東京23区
ジャンル : 地域情報

文京区白山界隈を歩く

大震災前に白山付近を散策した。白山は都営地下鉄三田線の駅。東京メトロ南北線本駒込駅も近い。
白山駅は東洋大など学校も多く、スーパー、コンビニや外食店が集まる。写真は白山上の交差点から下り坂方向。

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白山上のバス停の脇に、通りから路地に入ると写真の湯豆腐の店、五右衛門がある。

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西方向のすぐ近くには白山神社。孫文が座った石というのが伝えられている。あじさいが有名だが今は梅がよく咲いている。

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白山から本駒込の辺りは谷中ほどではないが寺が多い。
まず圓乗寺。八百屋お七の墓がある。江戸時代初期に大火があり、当時16歳の娘、お七は被災してこの寺に仮住まいし、知り合った恋中が出来たが、やがて相手が元の家に戻る事を悲しみ、また仮住まいで会いたいと火を付けた門でとらえられて、火あぶりになった。

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近くの大圓寺にはお七の罪業を救う為、熱した焙烙(ほうろく)を頭にかぶり、自ら焦熱の苦しみを受けたとされるお地蔵様がいたそうで、それにあやかり、首から上の病気平癒の霊験を求めてお参りする対象のほうろく地蔵がある。

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千駄木方向に向かうと光源寺。今はしだれ梅が美しい広い境内の中央に大観音がある。

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大観音から南に日本医大へ向かうと大学関連施設の前に夏目漱石旧居跡の記念碑がある。漱石がロンドン留学から帰国後住んでいた地。家自体は保存の為、明治村に移築され、今は記念碑と後方に猫のオブジェがある。そう、ここの家は出世作「吾輩は猫である」の舞台で「猫の家」と呼ばれた。川端康成の筆による碑文に説明がある。

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但し猫がちょこんと居る場所が後方の垣根の上である意味はわからなかった。

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テーマ : 東京23区
ジャンル : 地域情報

東京タワーともう一つのタワー 

大震災後、東電のエリアでの夜景の消えた光景にも目が慣れてきた。
節電でライトアップは消灯し、六本木から見ると通常の赤く明るい東京タワーの光景がない。

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あの日、3月11日には夜のタワーは特別に緑色に染まる筈だった。しかしタワーの上の方もひん曲がる被害で、色付けは中止になってしまった。写真が震災後のタワー先端。曲がっているかわかりにくいが。

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赤羽橋から見た夜のタワーの震災前日はこの写真の通り明るかった。

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11日は「大恐竜展」の開催に合わせて、夕方6時から4時間、「ダイナソー グリーン」のライトアップが予定されていた。
恐竜は約6500万年前に隕石の衝突や環境の変化で絶滅したと考えられている事から、今の人類も温暖化など地球環境の急激な変化を、恐竜がたどった道の警鐘を通じて考える企画だそうだ。そこでエコのイメージカラーでもある緑色に染めることになっていた。
下の展望台などはその後営業再開したが、上は閉鎖中。

ところでタワーの麓には2つのプリンスホテルがある。真ん前が東京プリンス。そしてもう一つタワーの東南側にザ・プリンスパークタワー東京があり、ホテル前に立つと左に東京タワー。1階からも窓辺に赤いタワー。

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館内中央が33階まで吹き抜けのアトリウム。左が下から、右が上からの写真。

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客室が三方に配置され、1つがタワー側、もう1つが富士山側、残りが写真の眺望が望める海側。お台場のレインボーブリッジや真下の首都高の車の列がよく見える。

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昨年7月に海老蔵の1億円の豪華結婚式の行われたホテルだが、今は静かな芝公園に聳えるもう一つのタワーに戻っていた。

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テーマ : 東京23区
ジャンル : 地域情報

二子玉川ライズ誕生にニコタマの今昔を思う

ニコタマに新商業施設open。当初の開店予定は17日だったが、大震災の影響で19日に遅れた。シンボルの大空間ガレリアでは、フランスのパフォーマンス集団など多彩な開業イベントが予定されていたが取止めとなって、静かなopeningになったが、初日から賑わっていた。

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かつて遊園地やテ-マパークだった敷地を含む複合再開発の一環で誕生。名前のライズの由来は「太陽が、集う人々の毎日を輝かせる」意味だそうだ。
リバーフロント、タウンフロント、ステーションマーケットの3館を中心としたモールから成り、地階が東急の食料品のフロアで繋がっている。写真は東急フードショー。

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隣接して1000戸を超える高層マンションも売り出していた。その先には広大な二子玉川公園も計画。商業施設との間は、今は空地。

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迎え撃つのが西口の玉川高島屋。

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1969年11月11日に日本初の郊外型ショッピングセンターとして誕生した日には私も見に行った。かつて屋上では競走馬も売っていた時代もあるが、今やハイソとかセレブという言葉の似合う人気の商業施設。街はニコタマダムという優雅な婦人が闊歩し、子供と住みたい町No1としてママ達の絶大な人気を誇る。

夏の花火も魅力。ここは多摩川を挟んで世田谷区と川崎市が同時打上げで華やか。そもそも二子玉川の名前の由来は川崎側の二子と世田谷区側の玉川を合成して作ったので、両側の花火の打合いはここにぴったしの企画。

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二子玉川駅は大井町線とかつて玉電だった田園都市線、さらに玉電砧線の乗換駅だった。69年に廃止された砧線の跡は終点砧本村まで、今も一部遊歩道で残り、中耕地駅や野川を渡る吉沢橋などに記念碑を整備。

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中耕地近くに名物のそば屋がある。中に入ると鉄道グッズと世田谷線旧車両の運転席。

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カレー南蛮をすすりながら、店の主人に42年前廃線になった頃の話を聞いた。


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テーマ : 東京23区
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大震災後の首都圏のサラリーマンの生活

大震災から9日目。首都圏の計画停電はこの土日は見送られ、停電の不安は一休み。
マグニチュード9。想像を絶する津波。悲惨な災害の実態。戦後最多の犠牲者数。避難生活の苦労。
写真は以前行った時の松島の景色。津波の爪痕はどれ程だろうか。

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原発の放射能被害の動向にかたずを飲む日が続き、電力供給不安と共に日本経済と世界市場を振り回す。
東京のサラリーマンも、東京電力の供給不足、計画停電情報、交通機関への波及の不透明さに振り回された。家の停電対策と電車運行の間引き情報に敏感。写真は朝の駅で。

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17日午後は予測不可能な大規模停電の警告が出たが、節電効果で回避。しかし帰宅は早く、ではなく分散乗車を、と認識されるべきだった。初日並みの混雑に遭遇。
一方物資や食料は被災地優先に協力するのは当然だが、首都圏の店舗も欠品や品薄の物が相次ぐ。写真の最寄りのガソリンスタンドはいつも閉鎖。

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買急ぎがガソリン、カセットボンベ、懐中電灯や電池(写真左)、おにぎり、パン、米、即席麺(写真右)、牛乳、おむつやペーパーと拡がる。

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帰宅時に牛乳を求めたがどこも欠品。棚に何もない店が多く、さらに消費者をあおっている。しかし翌朝スーパーに行ったら多く並んでいた。

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全国レベルでは不足していないが、ガソリンや輸送力で流通が混乱している。かつての石油危機の買占めや物不足の教訓が必ずしも機能していない。少しは我慢出きる筈なのに。
災害関連番組だけだったテレビも、民放、そしてNHKも変わってきたが、民放は通常のCMが自粛され、公共広告機構のビデオばかりと異常事態。
放射能が悪化しない事を祈り、日本人の連帯が大きく復興させる日が来ると信じたい。

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九州新幹線全通で元気な福岡を見た

大震災翌日の3月12日に九州新幹線は部分開通していた新八代以南から博多まで伸び、全通に伴い新大阪から直通の「みずほ」「さくら」が新たに登場。かつてのブルトレの愛称二つが復活。写真は「つばめ」800系使用の博多始発の「さくら」。

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これに合わせて博多駅ビルも建て替えられて、全通直前の3月3日、駅ビルでは日本最大級となるJR博多シティがopenし、阪急百貨店や東急ハンズなどが進出。

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駅前広場も屋根付きの交流空間、中央の緑陰広場とタクシー乗り場に区分され、歩行者中心の新たな空間に生まれ変わり、福岡の玄関口が一新された。

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駅の飛躍に併せて、新しい時計も二つ。JR博多シティの「博多大時計」と筑紫口の新幹線が走るからくり時計「旅の時計」。

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福岡マラソン優勝者の足形プレートも正面中央に移設された。

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九州が元気になる為の新幹線と新たな大型施設で、観光では北海道をライバルと見る九州が、魅力をどうアピールできるか、まずはターゲットの関西エリアからみずほ・さくらが客を呼び込む筈。
福岡は劇団四季も4月に復活するし、足の便と街の魅力で外国人客を呼び込む国際都市への発展にも期待。3日間14000円の外国人用のJR九州レールパスで新幹線に乗るアジアのお客さんも増える筈。
多額の投資の成果が問われる。

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テーマ : 福岡
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皇居外苑を縦断して散策してみた

地震と津波、放射能漏れ、そして計画停電の混乱が続きますが、記事を続けます。

東西線竹橋駅から外に出ると皇居のお堀が真ん前。近くの平川門から皇居の中に入れる。

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入口で入場無料の券を受取り、帰りに返す仕組み。江戸城の本丸跡など名残や東御苑を見るための入口はここや写真の大手門など皇居北東側に3箇所ある。

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皇居一周は市民ランナーの定番コース。内堀沿いの道を夕暮れ時に散策すると多くのランナーに出会う。
向かいに改築が急ピッチのパレスホテルを見ながら進むと、広い皇居前に出る。

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お濠の方には坂下門があり、奥には宮内庁の建物も見える。

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広い皇居前広場は砂利の合間にアスファルト道もあり、南に進むといよいよ二重橋が見えてくる。ガイドを読むと、名前は奥の正門鉄橋の橋げたがかつて上下2段だった事に由来し、我々になじみの手前の石の正門石橋は本来の二重橋ではないという。

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南の端に行くと桜田門。井伊大老暗殺の桜田門の変であまりにも有名な舞台。実際に門をくぐると随分大きく感じる。

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くぐった先には官庁街があり、正面が警視庁。刑事ドラマなどでお馴染みの建物。右には背の低い国会議事堂も姿を見せる。

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日比谷駅に向かう頃には辺りはすっかり暗くなり、お堀の水とその向こうの帝劇などが美しい夜景が待っていた。

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汐留シオサイトを回遊してみた

未曾有の大地震は首都圏の電力や交通網も大混乱。ビジネスも生活も先が見えない毎日がstart。しかし被災地の惨状を思うと、日本全体で連帯し、様々な影響にも冷静に克服していく必要がありますね。先日散策した汐留を話題にします。

毎冬クリスマスイルミネーションで青く光るのがカレッタ汐留。カレッタとは青海亀。広場は亀のデザインの丘。

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最上階にはレストランやバーがあって、東京の臨海部が眼前に広がる。昼は眼下の浜離宮庭園や築地市場、夜間は観覧車の光るお台場や羽田空港の離発着する航空機、隅田川を行きかう屋形船などが目に入るロマンチックな舞台。

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汐留は鉄道発祥の地。明治5年にここから横浜まで日本で初めて鉄道が開通。現在鉄道歴史展示室がある。

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周囲には駅舎玄関遺構や起点のゼロ里標識も保存されている。

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今の汐留は日本初の鉄道を引継ぐJRの駅はない。ゆりかもめと都営地下鉄大江戸線の駅だ。但し両線よりも最寄りの新橋駅との連絡通路からのアクセスの方が混む。国鉄貨物駅として長くその名が付いた駅も、再開発され、今は汐留シオサイトとして高層ビル群に生まれ変わった。 
鉄道発祥の地の隣がパナソニック電工東京本社ビル。会社は4月から三洋電機と一緒にパナソニックの完全子会社となり、グループのセグメントとして統合される。オフィスビルだが、ショールームとルオーの常設展もある美術館が併設。

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連絡通路はさんだ向かいが日テレ。広場では天気予報で人が集まるおなじみの場所。

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汐留は東京汐留ビルディングのコンラッド東京やロイヤルパーク汐留タワー、ヴィラフォンテーヌなどホテルの建物も集中。
鉄道発祥の歴史の舞台が、見上げると摩天楼に囲まれた新しい空間に変貌。

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一ツ橋交差点の建物に注目した

白山通りと神田警察通りが交わる一ツ橋交差点に立つと由緒ある建物が目に付く。
まず北西側にあるのが共立女子大の施設の1つ、共立講堂。

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この名前を聞くとコンサートの懐かしい響きを思い出す人も多い。戦前戦後に日比谷公会堂と並ぶ音楽や演劇の代表的な舞台でもあった。それが70年代に吉田拓郎などフォークコンサートの舞台を提供した後、一般貸出しを終了し、今は学校の式典の会場。写真の通り、もともと女子大と一体の建物。

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北東側には茶色い歴史的な建物の学士会館がある。学士とは旧帝大出身者のことで、先生を加えた同窓会組織が学士会を構成し、大学発祥の地に昭和初期、創建された建物が学士会館。今は広く会員以外でも食事や親睦が図られるようになっている。

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ここは大学発祥の地であり、日本野球発祥の地でもあり、いずれも記念碑がある。明治初期にアメリカ人のウィルソン氏が授業の傍ら野球を教えて、日本中に広まったとされている。写真が野球発祥の碑。

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同窓会館としてはすぐ南にも如水会館がある。一橋大の後援を目的とした如水会の建物だが、一般に開放されて、パーティーや式典や記者会見の場になり、釈放されたノリピーの記者会見の場としても有名になった。

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1階には如水会を命名した渋沢栄一の像がある。

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明治時代、第一国立銀行など数多くの会社設立に関わり、日本資本主義の発展に貢献した彼は、一橋大の前身も設立。

一ツ橋はかつて一つに合流する川の橋に名前が由来し、江戸時代には一橋御門が建ち、そこに屋敷を与えられた徳川吉宗の子孫が一橋家と名乗る由緒ある名前。そして発祥の地の名前を関した大学が一橋大学。


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銀座表通りに2011年openする大型店

写真の有楽町マリオンは両方の建物の中が今年変わる。

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有楽町西武は昨年のクリスマスに店を閉じ、後ガマはルミネ。一時はヤマダ電機かと噂されていたが。JR東日本各地の駅ビルで高い販売力があるルミネが、ここ「駅近」でも高い集客力を維持できるか注目される。写真は西武閉店後の今の数寄屋橋側。店の賑わいを待つ日々。

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西武とツインでopenした阪急も再生に動き、梅田本店で成功しているメンズ館への衣替えを計画。銀座地区に集中するファストファッションやルミネなど女性ターゲットの店の競争激化への回答がこの計画。今の業態が夏に休業した後、秋に開店の予定。

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尚、数寄屋橋阪急(現モザイク阪急)は来年姿を消す予定。ビル立替計画により借りられなくなるらしい。

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一方、数寄屋橋のソニー向かいにはGAPが登場。3月3日のOpeningにはGAP社長のほか、コラボしたジーンズの縁で人気歌手アヴリル・ラヴィーンも顔を見せた。かつてルイ・ヴィトンが出店を計画して撤退した経緯のある一等地。青いガラスで囲った目立つ目抜き通りの旗艦店に、GAPは中国などアジアの知名度upへの貢献も期待。

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そしてユニクロが銀座にもう一つ。松坂屋銀座店向かいのの旧「ギンザ・コマツ」本館と旧アネックスの敷地に今秋、新たな2棟が誕生し、ユニクロや物販、飲食店が入る計画。中央通り、すずらん通り、西五番街の3つの通りに跨って面する立地に合わせて、2棟の建物の間の連絡通路や各通りを結ぶ通路による回遊性も図るという。写真がすずらん通りの工事現場と配置の図面。

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戦後openしたミニ百貨店小松ストアーを覚えているだけに、ユニクロになって再生されるとは隔世の感。写真が中央通り銀座6丁目の正面。

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日本の顔でもある銀座の表通りが、新しい店の登場で元気であり続ける事に期待。

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横浜ベイクォーター増床から1年

横浜駅東口の海沿いの商業施設ベイクォーターは、写真の通り中庭がまぶしい。

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昨年3月にユザワヤなどが入る別館がopenして拡大してから1周年。写真はユザワヤの開店時店内と今の外装。

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2月はドッグフェスタ、3月は親子ファッションコンテストと、イベントづくめ。
アートでは2月まで3~5階の通路壁面のギャラリーBOXにて「Cosmic Harbor」展が地味に開催されていた。季節毎に27個の小さなBOX空間を用いたアート作品が展示されていて、美術家で建築デザイナーの野口一将氏の作品が18回目の展示。

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3階の屋外には貸自転車。終日千円の設定でベイエリアを自転車で快走する事もできる。

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ベイクォーターは横浜そごうから水路を渡った先なので、写真の橋を渡っていく。右の写真は手前が国道1号線。

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貸自転車で出るとすぐの車道の橋からはシーバスの乗り場の上に建物が見える。

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ワンコ、キッズ、エコ、アートをアピールする潮風の爽やかなスポットです。

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テーマ : 横浜!YOKOHAMA!
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東名インターの近くの沼津ぐるめ街道

沼津は伊豆半島の付け根の西側にあって駿河湾に面し、北側に富士山が聳えるかつては東海道五十三次の宿場町。
沼津は港を有し、水産加工も盛ん。日本一の生産と言われる「沼津のひもの」は有名。その沼津は新鮮な魚の町として観光の人気を呼んでいる。沼津ブランドが定着しつつある。

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南伊豆からの帰りに東名沼津インターに向かう手前は、みやげ物屋など何軒も並ぶ「沼津ぐるめ街道」が形成され、味の駅味工房など沼津ブランドを集めた活気ある海産物センターの店が待っていて、観光バスが続々乗り付ける。

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日本一のヒモノ始め水産加工品が所狭しと並び、店員が試食品の手を伸ばして、客を誘う。

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沼津は東名もあって工場も多く進出しているが、新幹線は市北部を通って東隣の三島市に駅が出来、西隣の富士市がより大きな工業都市でもあり、かつての交通の要所も合併を経ても人口は減少傾向の20万人で、中心部にはシャッター通りもある。小田急の新宿まで直行する特急もあり、沼津ブランドは人気だが、近隣の都市と共存する発展が課題のようだ。新幹線の駅もある両方の市と合併してその中心となるのが切り札かもしれない。
南海トラフ(駿河トラフ)の駿河湾の奥に位置するので、地震津波対策も沼津には重要。

静岡県ならではの名物の金目鯛と桜エビが目に付いた。

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テーマ : 静岡県
ジャンル : 地域情報

早春の日比谷公園を訪れた

早春の日比谷公園は写真の通り、水仙の季節。

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開園は1903年という日本で最初の洋式公園。写真のようなバラ園もあり、秋には100周年を記念して始まったガーデニングショーの舞台にもなる。右は夜の噴水広場。

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江戸城の御門があったところで、今も石垣が園内に残る。石垣の濠も心字池として残されている。

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開園と同時に創業したのが松本楼。ここのハイカラ料理は評判だった。孫文が訪れたり、夏目漱石の作品にも登場したりしている。40年前にデモの余波で火事に会い、復興の感謝として毎年カレーを10円で振舞うのが有名。中に入ると孫文夫人愛用のピアノも展示。

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園内の食べるところはほかにも北側に写真の日比谷茶廊(右は隣の挙式会場フェリーチェガーデン。)、南側に南部亭など数多い。

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日比谷公園はかつて日露戦争後の暴動の現場となったり、数々のデモや最近では年越し派遣村が出来たり、社会的に存在感のある東京の代表的な公園。南側には日比谷公会堂があり、社会党委員長暗殺事件の現場でもある。建物南側からの写真は公会堂に併設されている市政会館。完成は1929年。尚、隣に昔通った日比谷図書館があるが、今は改修で閉鎖中。

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官庁・オフィス街の憩いの公園は、これからも歴史の舞台を提供するのだろうか。

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テーマ : 東京23区
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祝世界一、600メートル超の東京スカイツリー見た

2月28日が雨風の為、予定された600メートル超えの(アンテナ搭載の鉄塔)リフトアップ工事は3月に持ち越されたが、遂に3月1日、最後の大台乗せを達成し、604メートルに到達。自立式電波塔として広州の600メートルを抜いて世界一に躍り出た。
2月中に600m到達!と謳ったバレンタインデー必勝ギフトまで出したので、HPに延期を掲載し、1日昼には13時過ぎの600メートル到達予告も載せていた。
翌日押上駅を出たところでまず1枚。先端のアンテナがかなりせり上がっていた。

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正面に行くと高さ604メートルと表示され、先端は高くて見えにくい。

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そこで浅草通りに出たが、そこでも上の第2展望台辺りは良く見えない。

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京成橋に行くとツリーの横の31階建てイーストタワーもだいぶ出来ているのが確認できる。ビルにも窓に604メートルの表示。右の写真はタワー上のツリーのシーン。

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2月は東京も雪の日があり、スカイツリー周辺部に氷の塊が降る。そこで関係者は展望台などに積もった雪が氷の塊になって落下するのを防ぐため、ネットを張って竹ぼうきで雪を中側に落としていた。最新鋭のツリーも建設中は機械的に熱で溶かす訳に行かず、自慢のタワーも関係者や周辺住民は雪が憂鬱。
Finalの634メートル到達も今月中が予定され、年末の完成、来春の開業と次々節目を迎える。これまでの大騒ぎから推して1年後openの頃に何人が上の展望台まで登頂できるのだろうか。予約、抽選、それとも超行列の苦しみ?

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